名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)3639号 判決 1968年10月07日
原告
長谷川福次郎
ほか一名
被告
日本運送株式会社
ほか一名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告両名は、
「被告らは各自、原告長谷川福次郎に対し三五〇万円、原告長谷川久子に対し一五〇万円、および右各金員に対する昭和四一年七月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」
との判決および仮執行の宣言を求め
被告両名は、主文各項同旨の判決を求めた。
第二、原告らの主張
一、被告日本運送株式会社は貨物の輸送を業とする会社、被告服部尚敏は同会社の従業員で、自動車運転の業務に従事している者である。
二、被告服部は、昭和三八年七月六日午前三時二〇分頃被告会社保有の大型貨物自動車(兵一い二一七三号)を運転し、大型貨物自動車(兵一あ九七九七号)を牽引して清水市方面より国道一号線を西進し、静岡駅前交差点にさしかゝつた。そのころ、原告長谷川久子は普通乗用車(愛五ぬ六五一一号)の助手席に原告長谷川福次郎、後部座席に三輪裕吉と三輪八重を同乗させ、静岡市駿河大橋方面から清水方面に向かい国道一号線を東進し、静岡駅前左側の日興会館前の交差点を通過して同駅前広場に至り、同駅構内に入るため、静岡鉄道バス発着所前の安全島の北側を廻つて右折し、同駅構内に通ずる道路と一号線との交差点の手前で停止した。被告服部はこれに気付きながら、漫然時速五〇キロメートルのスピードでそのまゝ直進したため、自車右前部を原告久子運転の乗用車左前側面に激突させた。
三、右事故は、被告服部の前方不注視および右折進路を直進した過失によつて生じたものであるが、この事故によつて、原告福次郎は入院加療三八日間を要する頭部外傷、左右前胸部打撲、肋骨々折、顔面打撲等、原告久子は入院加療四〇日間を要する左前胸部打撲、左肘部打撲、頭部外傷等の各傷害を受けた。又同乗者三輪裕吉は頭部外傷等、同三輪八重は左眼失明、頭部外傷等の傷害を受けた。
四、被告服部運転の車両は被告会社の保有するところであり、被告会社は事故当時従業員の被告服部に当該車両を運転させていたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条にいう自己のために自動車を運行の用に供していた者として、被告服部は不法行為者として、それぞれ原告らが本件事故により蒙つた損害を賠償する責任がある。
五、原告福次郎は、即日静岡市内の司馬病院に入院して右傷害の治療を受け、昭和三八年八月一三日退院し、その後も引続いて通院治療を続けた結果一応治癒したが、現在でも事故前と比較すると体力の疲労が著しく過激な労働に従事することは困難である。
また、原告久子は同じく事故直後から昭和三八年八月一二日まで司馬病院に入院して治療を受け、その後も引続き通院治療を続けたが、現在なお全治するに至らず、頭痛、頭重、左右両肩、左肘各圧痛、左下腿圧痛等の著しい後遺症を残しており、その全治は疑わしい状況である。
六、原告福次郎は長谷川製作所の商号で、各種発条製作、飯金プレス加工、熔接業を営んでおり、事故当時肩書住所と中川区柳島町三の二六の二箇所に工場を置き従業員約二〇名をかゝえ、月商平均四〇〇万円、純利益一〇パーセント程度の実績をあげており、原告久子はその経理、営業の全般につき原告福次郎を補佐していた。
しかるに、本件事故により原告らの右営業は重大な支障を生じ、売上額は減少し、取引先の一部から取引解消されるなどのため、事故後二年間営業収益は半減した。
七、右事故により原告両名の蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 原告福次郎の損害
(イ) 原告両名の治療費 三〇万円
(ロ) 原告両名の付添費 八万円
(ハ) 原告両名の療養関係費(栄養費を含む) 二〇万円
(ニ) 雑費 一〇万円
(ホ) 車両損傷による損害 四五万円
(ヘ) 同乗者三輪裕吉、八重両名の治療費等立替金 四〇万円
(ト) 得べかりし利益の喪失分 二二〇万円
昭和三八年七月六日より二年間営業上の収入が半減したことにより、一ケ月平均二〇万円、合計二四〇万円の減収になつたところ、これより公租負担分二〇万円を控除した右記金額が本件事故により原告福次郎の喪失した利益額である。
(チ) 慰藉料 三〇〇万円
合計 六七三万円
(二) 原告久子の損害
(イ) 後遺症治療費 五〇万円
(ロ) 慰藉料 二〇〇万円
合計 二五〇万円
八、よつて原告らは、被告両名に対し前項の各損害賠償債権を有するところ、その内原告福次郎は前項(一)の(イ)ないし(ヘ)の合計金員中一〇〇万円、(ト)の金員中一〇〇万円、(チ)の金員中一五〇万円、合計三五〇万円、原告久子は前項(ロ)の金員中一五〇万円および右各金員に対する本件事故発生後である昭和四一年七月四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告らの主張
一、被告会社の業務、被告服部と被告会社の関係並びに原告主張当事者間の交通事故発生の事実、被告会社が服部運転手の運行供用者であること、以上の事実についての原告主張を認める、その余の原告ら主張事実を争う。
二、本件事故発生につき被告服部には全く過失がなく、又本件貨物自動車に構造上機能上の欠陥はなかつた。本件事故発生の状況は次のとおりである。
本件事故当時は深夜でもあり、歩行者がなかつたので、被告服部は東から西へ向つて時速約四〇キロメートルの速度で進み、静岡駅前広場東側交差点付近まで来たところ、右交差点手前で東西進行車両に対し青の信号になつたので右交通信号に従い直進して、交差点を通過し終つた。その直後原告久子運転の乗用車が東行車線上を走る車の間から信号を無視し服部運転車前方約一三メートルの地点から、突如西進車線上に飛び出して来るのを、被告服部は発見し、急いでブレーキを掛けたが間に合わず衝突してしまつたものである。
従つて被告服部としては、原告久子がかゝる無謀な運転をして、西行車線上に飛び出して来ることは全く予測しえなかつたものであり、被告服部にこのような無謀な行為に出るものがありうることを予想し事故の発生を未然に防止すべき適宜の処置をとるべき義務があるとも言えないから、被告服部には過失がない。
仮りに被告服部に何らかの過失があるとしても、その程度は原告久子の過失に比しはるかに小さいものであるから、過失相殺されてしかるべきである。
第五、証拠 〔略〕
理由
原告主張の事故発生については当事者間に争いがない。そして〔証拠略〕によれば本件事故発生時の状況につき次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、別紙事故現場見取図第一記載のとおり、静岡駅前にある広場の中にあり、右広場からは四方向(東、北、北西、西)に向つて道路が開けるとともに、右広場の南方には駐車場があり、右駐車場の東(東側道路から広場への入口付近)側には南に向つて進み、次に西進して静岡駅前を通り更に北進して右広場へ通ずる道路がある。
右広場の東側の道路の幅員は、約一八・九メートルあり、その南端から北に向つて一一・五メートルのところには中心線がもうけられており、右道路から広場に入るところには交通信号機が設置されている。
なお本件事故当時、事故現場は小雨が降り路面はぬれていた。そして以上の広場および路面はいずれも舗装されている。
(2) 被告服部は、被告会社の特殊自動車(牽引車日野TH六一型六二年式事業用大型貨物自動車兵一い二一七三号、被牽引者日野トレーラー型事業用兵一あ九七九七号)を運転して、広場東側道路上を右広場に向い道路中央線より約四メートル南によつたところを時速約四〇キロメートルの速度で西進して来たが、広場入口手前二―三〇メートルの所で道路前方の交通信号が青に変つたので、そのまゝ進行し右広場入口附近の横断歩道を横切つたところで、対向して進行して来た自動車のかげから自車進路前方約一四メートルのところに出て来た原告久子運転乗用車を発見し、急いでブレーキを掛け、ハンドルを左に切ろうとしたが間に合わず、自車前部を右長谷川車の左横(やゝ前)に衝突させてしまつた。
(3) 原告久子は西側道路から東進して、右広場に入り、右広場南の駐車場東側の道路を通り静岡駅前に至ろうとしていたものであるが、右広場のほぼ中央にある安全島の東側附近で自車の右側を乗用車が追越して行つたのでこれをやりすごし、その後やゝ右へハンドルを切り西進車線上に進んだところで始めて、左(東方)から間近に迫つて来る被告服部運転車のライトを発見し、ブレーキを掛けたが及ばず、これと衝突した。
(4) 本件衝突地点は、別紙事故現場見取図第二記載のとおり、広場南側駐車場の東側にある静岡駅に通ずる道路より約一〇メートル西側、東方の道路のセンターラインを西に延長した線より約四メートル南側である。
原告らは、本件衝突地点は前記認定地点より更に北側であるとしており、〔証拠略〕には右主張に沿う部分がある。然し、右各証拠は、〔証拠略〕により認められる被告車のスリツプ痕がその右側車輪によつて印せられたと認められるものも前記中心線から三メートル余南にあること並びに前掲各証拠に照らし措信しえず、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。
(5) また、原告らは、原告久子運転車は衝突される前一時停止中であつた旨主張し、〔証拠略〕にはその旨の部分もある。しかし、これらは理由冒頭掲示の各証拠と対比すると採用するに足りない。
そこで以上の事実に基き被告服部の過失を考えるに被告服部が対向車両の間から突如右折する車のありうることを予測せずこれを前以て発見しなかつたからといつて前方不注視の過失があるとすることはできない。何故なら原告久子が右折した地点は、右折車があることを予測しうる道路でもなく、ヘツドライトをつけて(事故発生時刻が午前三時二〇分という深夜であつたことは当事者間に争がなく、乙第一三号証によれば現場はやや明るい程度なのであるから、当時現場を通る自動車がすべてヘツドライトをつけていたことは容易に推認しうるところである)対向進行して来る自動車のかげから右折進入して来る自動車を発見することを求めるのは、運転手に不可能を求めるに等しいものというべく、被告服部が原告車をよりはやく発見しえなかつたことを以て同被告が注視義務を怠つたものとはしがたい。
また、原告らは被告服部には右折車線上を直進した過失があると主張するが、服部車進行部分が右折車線であることは先に認定した衝突地点と照らすと、これを認定しえず、しかも、本件事故が対向車間の事故であることを考えると、原告ら主張の右過失を本件事故と因果関係あるものとして取上げることには疑問がある。
そして当公判にあらわれた全証拠によるも、他に被告服部に本件事故発生と関係ある過失ありと認めることはできないから被告服部は本件事故発生につき無過失というべきである。
服部運転車に構造上および機能上の欠陥がなかつたことは、原告らの明らかに争わざるところであるから、これを認めたものとみなす。
以上の事実によれば、原告らの請求は、その余の主張について判断するまでもなく、失当であることが明らかである。よつて原告らの請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用は原告らに平等の割合で負担せしめることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 西川正世 渡辺公雄 村田長生)
静岡駅前見取図第一
<省略>
交通事故発生現場見取図第二
<省略>